うつを引き起こしやすい人間関係には喪失体験、コミュニケーションギャップ、役割の変化、人間関係技術の不足という4つに整理することができます。
3つめのCは「コミュニケーション」です。私たちは親しい人たちとなやふれあうことで、悩みを解消したり、気持ちをらくにすることができます。
しかし、その一方で、人間関係のトラブルは強いストレスになります。アメリカの精神科医ジュラルド・クラーマン、マーナ・ワイスマンらは、このような人間関係とうつの関係に注目して、「対人関係療法」という心理的アプローチ法を開発しました。
つまり、人間関係のトラブルが強いストレスを生み、うつ病を発症したり、うつ状態が長く続く原因にもなることから、対人関係の問題点を洗い出して、これをひとつひとつ整理していくことでうつ病を治療していこうとするものでなかでもうつ病との関連で重要なのは、喪失体験、コミュニケーションギャップ、役割の変化、人間関係技術の不足の4つです。
喪失体験
たいせつな人と別れたり、かけがえのない人が亡くなたり、だいじなものをなくしたりという体験が、うつ病のきっかけになることがありひにんます。
私たちはふつう、このような悲しい別れや喪失体験から、否認、絶望、脱愛着という、3つの段階を踏みながら立ち直っていくと考えられています。
たとえば、50~60歳代くらいの女性の場合には、子どもの自立や結婚が大きな喪失体験になることがあります。母親である自分の反対を押し切って、息子が結婚に踏み切り出て行ってしまった。
あんなにいい子だつたのに、こんなひどいことが起きるはずがない。というのが「否認」の段階です。それでも、悲しんだり、心が揺れ動いたりしながらしだいに現実を受け入れて、「あの子はもう帰ってこないんだ」と認識をして「絶望」を体験します。
やがて、息子や嫁とそれなり和解したり、「これからは夫ともっとたくさん楽しい時間を過ごそう」「地域の趣味のサークルに参加してみよう」などと気持ちを切り替えていきます。
これまでの強い愛着から、一歩距離を置いて新しい関係をつくつていくという意味で、これを「脱愛着」の段階と呼んでいます。
このようなプロセスがうまく進めばよいのですが、いつまでも現実が認められなかったり、新しい人間関係ができてこなかったり、どこかでつまずくと、うつ的な気持ちを強めていくことがあります。そういうときには、失った人との関係を、よいことも、マイナス面も、きるだけ素直に思い出してみてください。
相手を極端に美化したり、自分をひどく責めたり、現実からかけ離れた気持ちが強まってはいないでしょうか。つらいかもしれませんが、もう一度過去を振り返って、自分の気持ちを、より現実的なものへとコントロールし直していくことがたいせつになります。
コミュニケーションギャップ
夫婦、親子、友人や会社の同僚どうしで、わかりあっている、気持ちたがが通じ合っていると思っていたのに、実はお互いの気持ちのズレがかなり広がっていて、いろいろなことがうまくいかなくなり、気持ちが落ち込んでいくということがあります。
たとえば、共働きの夫婦で、ふと気づくと分担していたはずの家事も妻ばかりがやっていたり、夫の母親から「息子は嫁にめんどうもみてもらずにかわいそうだ。息子もいつもグチをいっている」などと聞かされたりして、二人の関係への不信が強まり、気分が落ち込んでいくというびみょうようなケースです。
職場でも、上司の期待と部下の気持ちの微妙な食い違いが、どちらにとってもストレスになっていたりします。そのようなことに気づいたときには、ことばがきつくなりすぎないよに注意しながら、お互いの思いを、なるべく率直に話し合ってみることです。
人間関係技術の不足
人間関係を考えるうえで、もうひとつ見すごせないのは、人間関係がうまく持てない、そういうことが技術的に苦手だというケースです。
分に自信が持てずに、人と交わるのが苦手だという人は、相手について、この人はなにを考えているのか、こんなことをいったら気をわるくするのではないか、拒絶されてしまわないかと考えすぎてしまいます。そして、相手の気持ちが十分にわからないと自分の気持ちを表に出せないとから思い込み、自分の殻に閉じこもってしまいます。
人の心はわかりづらいものですから、相手の気持ちを知ることにとらわれすぎるよりも、意識的に、自分の気持ちを表現する技術を身につけて、話し方や伝え方をくふうしていくことが役に立ちます。
英語で「アサーティブネスと呼ばれますが、じようずに自己主張をする技術がいろいろと考えられています。ポイントは、なにか主張したいことがあるとき、まず、相手の気持ちはかまわずに、
問題点を洗い出しながら、どんな修正が可能か、もとのような関係に戻すことができるのか、新しい関係をつくり直していったほうがいいのかを見きわめていくことが、ひとつのポイントになります。
非常に強い話し方を考え、次に、自分の都合はひとまずおいて、非常に弱い話し方を考えてみることです。
たとえばサラリーマンで、すでにいくつもの案件を抱えてとても忙しいときに、上司から新しい仕事を渡されたとします。「こんなに忙しいときに、こんなことまでやれっていうんですか! 」というのは非常に強むていこうい話し方でしょう。「はいはい。わかりました」と無抵抗に受け入れてしまうのが、あなたにとっての非常に弱い話し方かもしれません。
次に、その中問の、バランスのとれたいい方を考えてみます。そうすると、「いまはとても忙しいので、その件は来週になつてから着手したいと思いますが... 」「ちょっと全部をこなしきれる自信がないので、こちらの案件のここの投取りを省略できないでしょうか」「その仕事はぜひ引き受けたいので、いま抱えている仕事の配分を見直していただけないでしょうか」などと、相手の立場や気持ちも考えながらきちんと自分の主張を相手に伝えられるいい方があることが見えてくるはずです。
このように、相手と自分の揺れ動く微妙な距離関係をはかりながら、小さな喜びを感じたり、不満な点をひとつひとつ調整したりしていくこきずとによって、現実的な人間関係が築かれていきます。
役割の変化
進学や就職、異動、転勤、転職、退職、結婚や出産、引っ越しなどのライフイベントに際しては、自分を取り巻く環境が変わり、自分の役割が大きく変化します。周囲から見れば多くはおめでたいできごとですが、本人にとっては、古い自分を捨てて、新しい自分をつくっていかなければならないときでもあります。
それがうまくいかないと、うつの誘因になってしまうことがあります。そういうときには、環境と役割が変わり、いままでの「古い自分」とこれからの「新しい自分」が違っていることに目を向けて、両方のプラス面とマイナス面、失ったものと新しい可能性をそれぞれリストアップしてみることが、冷静さを取り戻す手助けになります。そして、新しい役割に必要な知識やスキル、そのためのサポートが得られそうな人間関係を考えて、ひとつずつ実践していけばよいのです。
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