うつ病 症例3「異常な肥満は水毒の兆候」

クリニックを開いている私のもとへ、知り合いの薬剤師から1通の手紙が送られてきた。手紙の中身は彼女のお兄さんについての相談だった。その手紙によると、彼女のお兄さんは、彼女が薬剤師になる前から「うつ」を発症し、もう20年以上に渡り治療をしているということだった。

彼女のお兄さんは40代。長い治療歴の中でしばしば主治医が代わり、良い治療を受けているとは思えないのだが、これといった良い方法も思いつかずにいるままだという。入退院を繰り返しているうつ病と神経症の例だが、私が漢方講座を開いていることもあり、あらゆる可能性に賭けてみたいという家族みんなの藁をもつかむ思いから、手紙を書いてきたのだ。

それから間もなく、大柄な男性が私のところにやって来た。身長174㎝、体重85㎏で、肥満体型だ。問診票には、「20年前から再三に渡って精神科に入退院を繰り返している。気力が無く、何もしたくない。いつも緊張感がある、腹部が突っ張る感じがする。」などと書いてあり、抗うつ剤やその他の向精神薬、脳循環改善薬、昇圧剤など、いくつもの薬を持参してきていた。

日常生活は、夜更かしをして朝は眠っていて午後になってから目覚めるというパターンが続いているという。毎日がなんとなく過ぎていき、心の内ではイライラが募って気持ちのやり場がないと訴え、表情もうつろだった。

漢方の立場から見ると、彼の太った体には必要以上に水分がたまっていて、思考も行動もうまく作動しないという、いわゆる水毒の兆候が明らかに見てとれた。まず、この点から改善していけば、治療の糸口を見いだせるのではないかと私は考えた。九味檳榔湯(くみびんろうとう)という、脚気(ビタミンB1欠乏症)や下肢のむくみ・だるさ、こむら返りなどに用いる処方があるのだが、これに「水滞」を改善するための処方である五苓散(ごれいさん)を加えると、より効果的な水毒治療ができるのだ。

肥満が心の面にも良くないことはしばしば経験するのだが、彼の場合、水毒による肥満と考えられた。彼のように昼間にもよく眠り、運動不足で、好きなように飲食を続けていれば、どうしても締まりのない肥満になってしまう。食事の配慮をしながら治療に専念するよう話したが、漢方薬にどれくらい反応するかは不安だった。

それから2週間後、彼はあまり症状の変化がないと、再びクリニックへやって来た。下腹部がつっぱって苦しく、便通が悪いというのだ。腹部の診察の結果から、大柴胡湯(だいさいことう)を併用したが、1ヶ月経っても反応が鈍かった。

以前処方した九味檳榔湯(くみびんろうとう)はそのままにして、大柴胡湯(だいさいことう)から柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)に変更した。緊張感や不安感がとれないので、こちらの方が良いのではと考えた。すると、この処方から2週間後には、腹部のつっぱった感じがとれて便通が良くなり、気分も良くなってきて、彼の顔にも軽く笑みが見られるようになった。

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