うつ病 症例5「漢方薬の処方と治療」

大黄(だいおう)という生薬には、瀉下(しゃげ)作用があることがよく知られている。しかし、案外これが向精神薬的な作用をもっていることを知っている人は少ないかもしれない。

桃核承気湯(とうかくじょうきとう)や大承気湯(だいじょうきとう)という漢方薬の名に含まれている承気(じょうき)には気を巡らすという意味があるのだが、大黄(だいおう)や芒硝(ぼうしょう)が単に瀉下(しゃげ)作用だけでなく、心を意味する『気』や精神にも作用するという薬効にもとづいて名付けられたのだ。

数年前に私のところで診察した50代男性の患者は、他の病院で診てもらっていた頃から、向精神薬を数多く処方されていた。その患者は「どうしても頭がぼーっとして、思いどおりに体を動かすことができない」と訴えていたのだが、その行動を緩慢にしていたのは、いくつも服用している向精神薬のせいでもあったのだろう。とりあえず、現在のんでいる昼の薬の一部を減らしてみようと考えた。薬を減らしてからは眠気が減り、何かをするにも集中できるようになったのだが、しばらくすると、また調子が悪くなってしまった。

その後、便秘や腹痛もあったため、患者に大承気湯(だいじょうきとう)の処方を加えてみたが、結局、そのときはうまくいかなかった。

漢方薬にしろ、西洋薬にしろ、患者からの訴えが増えるに連れ、つい薬の種類も量も多くなってしまいがちだ。薬に頼るのが好きな我々日本人の性格が、さらに拍車をかけているのだろう。

漢方ではさじ加減という操作ができ、薬の処方に加減ができる。しかし、最近ではエキス剤が多いため、加法はできても減法ができないのだ。西洋薬の場合は錠剤が多いためにいずれも簡単だが、病気の進行に合わせ薬も増えていく傾向がある。

これは、日本の現代医学にきちんとした処方学が無いことに起因している。日本の診断学は互いに共通点があって、テーブル上でのディスカッションができるが、処方学のことでこういったことは、まず無い。つまり、現状では、薬剤の処方については個々の医師の裁量に任されているのだ。私にとって大切な参考書は、現在でも先輩方の処方である。

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漢方薬を使ったうつ病の治療ではなかなかうまくいかないこともありますが、うまく治療がすすむ例ももちろんあります。

サラリーマンで車関係の大きな会社に勤めている、40代半ばの男性、Aさんの話です。

うつ病だと診断されてから三年が経つというAさんが、ある年の秋、「いまひとつ治療がうまくいっていない」ということで、漢方薬の治療を希望して、私の病院にやってきました。

話しを聞くと、「治療の途中に一年間休職してしまったが、現在ではなんとか仕事をこなしている」ということでした。しかし、Aさんは続けて、「まったくやる気が出なくて、仕事も毎日仕方なくこなしている状態なのだ」と言いました。

Aさんは、比較的大柄な男性で、症状としては、動悸が強くて、すぐにイライラする、目覚めが悪く、午前中は気分がスッキリしないことが多いのです。加えて、疲れやすくて体がだるく、耳鳴りや軽い便秘もありました。

脈をみてみると比較的力のある実脈で、本来ならば風邪をひきにくい体質だと考えられます。Aさん自身も、「体の疲れはあるがそんなに風邪もひかず、自分でもそれほど弱っているとは思えないのだが、なぜか疲れがとれない」と言っていました。

こういった場合には、心の病気に焦点をあてて謎を解きながら治療をすすめていくのですが、Aさんは既にうつ病と診断されているので、私は治療に専念することにしたのです。

Aさんの場合、舌診では、舌質は厚く、舌の真ん中がやや黄色がかった厚い苔(こけ)で覆われていました。このことから、体が水毒体質で、新陳代謝が悪く余分な水分が溜まりやすい、病気が長い経過をたどっていることが推察できました。お腹には比較的力があって、全体像から肉体的にはそれほど問題はないと思いました。

Aさんが持参していた薬は、抗うつ剤が2種類、安定剤が1種類で、うつ病の治療薬としては、スタンダードなものでした。その薬はそのまま続けて服用してもらい、新たに、柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)香蘇散(こうそさん)のエキス剤を、常用量の半量にしての併用で処方しました。

それから2週間後、Aさんは、「先生、気分がいいよ!」と言いながら、とても明るい表情で、診察室に入ってきました。以前は調子が悪かった午前中もスッキリするようになり、寝つきが良くなっているということでした。

以来、この1年ほどは、基本的に同じ処方をしています。

うつ病 症例3「異常な肥満は水毒の兆候」

クリニックを開いている私のもとへ、知り合いの薬剤師から1通の手紙が送られてきた。手紙の中身は彼女のお兄さんについての相談だった。その手紙によると、彼女のお兄さんは、彼女が薬剤師になる前から「うつ」を発症し、もう20年以上に渡り治療をしているということだった。

彼女のお兄さんは40代。長い治療歴の中でしばしば主治医が代わり、良い治療を受けているとは思えないのだが、これといった良い方法も思いつかずにいるままだという。入退院を繰り返しているうつ病と神経症の例だが、私が漢方講座を開いていることもあり、あらゆる可能性に賭けてみたいという家族みんなの藁をもつかむ思いから、手紙を書いてきたのだ。

それから間もなく、大柄な男性が私のところにやって来た。身長174㎝、体重85㎏で、肥満体型だ。問診票には、「20年前から再三に渡って精神科に入退院を繰り返している。気力が無く、何もしたくない。いつも緊張感がある、腹部が突っ張る感じがする。」などと書いてあり、抗うつ剤やその他の向精神薬、脳循環改善薬、昇圧剤など、いくつもの薬を持参してきていた。

日常生活は、夜更かしをして朝は眠っていて午後になってから目覚めるというパターンが続いているという。毎日がなんとなく過ぎていき、心の内ではイライラが募って気持ちのやり場がないと訴え、表情もうつろだった。

漢方の立場から見ると、彼の太った体には必要以上に水分がたまっていて、思考も行動もうまく作動しないという、いわゆる水毒の兆候が明らかに見てとれた。まず、この点から改善していけば、治療の糸口を見いだせるのではないかと私は考えた。九味檳榔湯(くみびんろうとう)という、脚気(ビタミンB1欠乏症)や下肢のむくみ・だるさ、こむら返りなどに用いる処方があるのだが、これに「水滞」を改善するための処方である五苓散(ごれいさん)を加えると、より効果的な水毒治療ができるのだ。

肥満が心の面にも良くないことはしばしば経験するのだが、彼の場合、水毒による肥満と考えられた。彼のように昼間にもよく眠り、運動不足で、好きなように飲食を続けていれば、どうしても締まりのない肥満になってしまう。食事の配慮をしながら治療に専念するよう話したが、漢方薬にどれくらい反応するかは不安だった。

それから2週間後、彼はあまり症状の変化がないと、再びクリニックへやって来た。下腹部がつっぱって苦しく、便通が悪いというのだ。腹部の診察の結果から、大柴胡湯(だいさいことう)を併用したが、1ヶ月経っても反応が鈍かった。

以前処方した九味檳榔湯(くみびんろうとう)はそのままにして、大柴胡湯(だいさいことう)から柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)に変更した。緊張感や不安感がとれないので、こちらの方が良いのではと考えた。すると、この処方から2週間後には、腹部のつっぱった感じがとれて便通が良くなり、気分も良くなってきて、彼の顔にも軽く笑みが見られるようになった。

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うつ病 症例2「私のうつの話」

私は40代の主婦です。少し前の話ですが、三週間近くのあいだ、夜中に目が覚めてしまい、家事をするのがおっくうになっていました。パートで働いてもいたのですが、それも辞めようかと迷っていました。

家族は、公務員をしている夫と、普段は寮生活をしていて大学受験を控えている長男、近くの高校に通う長女、夫の両親の6人です。夫は公務員とはいえ、対外折衝の多い職場で帰宅する時間が遅いので、あまり話しを聞いてもらえる時間がありません。夫の両親はとても快活明瞭で、特にトラブルなどはありませんでした。

私は、長男の大学受験が気になっていて、さらに、長女に腰痛がありそれがいつまで経っても良くならないことが、とても心配でした。長女は、階段から足を踏み外して腰を強打してからなかなか腰痛が治らず、いくつか病院にかかっても診断や治療の効果がはっきりしないのが、いつも気がかりだったのです。

当時、かなり気が焦っていたこともあり、調子が悪くて近所のクリニックを受診しました。そこで、先生に精神安定剤と柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)という漢方薬を処方してもらいました。しかし、睡眠がじゅうぶんにとれずに朝も早くに目が覚め、常に仕事のことばかり考えていたため、それから一週間も経たないうちに、私はまたそのクリニックを受診したのです。

勤務先の上司からは「しばらく静養するとよい」というあたたかい言葉をかけてもらっていましたが、私自身は、仕事を続けるべきか、それとも辞めたほうがよいのかをずっと迷っている状態でした。

クリニックでは、うつの状態だという診断を受け、抗うつ剤を処方されました。一週間ほど経つと、明け方の胸の苦しさや動悸が少し軽くなり、夕方になる頃には普段と同じくらいに気持ちが落ち着いてきました。仕事のほうは、やはりしばらく休養することにしておきました。

これで少しは落ち着くのかなと思っていたのですが、数日後に再びクリニックを受診することになってしまいました。それは、腰痛のある娘がスキーに行くことになり、それが気になって耳鳴りがするようになったからです。処方された抗うつ剤をそのまま飲んでいてもよいのかという事も心配でしたが、先生からは続けて服用するようにと言われました。

そして、私の症状が落ち着いてきたのは、初めにクリニックを訪れてから一ヵ月を過ぎた頃でした。耳鳴りはまだ少し残っていましたが、家事はなんとかできるようになり、さらに一ヵ月後くらいには、外出ができるようになったのです。その後は、クリニックへ薬をもらいに行くだけとなり、落ち着きを取り戻しました。

うつ病 症例1「不眠、だるさは危険信号」

最近はストレス社会といわれるほどストレスが蔓延しており、大人から子供までストレス過剰の時代になってしまいました。子供たちの登校拒否や家庭内暴力、また受験戦争などの社会的現象は、家庭の不和や企業戦争といった大人の社会の縮図ともいえます。いずれにせよ、この蔓延したストレスを乗り切らないと情報社会である現代を生き抜いていくことは難しく、そういった意味では、現代は『うつ』の時代なのかもしれません。

40代、50代の中高年といえば、働き盛りの年代です。若い人から、他人としのぎを削ることにも全く違和感がないくらい生活感覚が麻痺していると指摘されたとしても、それが納得できずに受け入れられません。団塊世代の前後も含めた自分たちの青春時代は、周りの人たちと何か同じ事をしていないと落ち着かなかったものです。今の若い人たちは小さな時から個人の考えを大切にする感覚の中で育ち、そういったことが習慣となっていますが、村社会的な集団にうまく適応できない人の場合、中高年でも若い人でも、企業や組織の中から取り残されていきます。

もともと人間関係が器用ではない人は、あるとき、何かのきっかけで『うつ』の状態に陥ります。俗にノイローゼ(神経症)といわれますが、実際には、うつ病と神経症を区別するのはなかなか難しいもので、神経症として治療を始めてもうつ病の姿が見え隠れすることがあります。そして、一定の時間が経過すると、徐々にその病気の状態が浮かびあがってくるのです。

例えば、夜眠れないのに朝も早く目が覚める、わけもなく体がだるい、思考力が鈍って仕事が思うように進まない、こんな症状が出てきて本人の気持ちがますます落ち込んでいくとすれば、これはうつ病の危険も考えられます。ただ、うつ病の治療はとても進歩していて、抗うつ剤は副作用が少なくて効果がみられるものが開発されているといいます。

自分も仕事をしていると気分がうつになることがあるのですが、時が経ち気がつけば、知らないうちに消えているので、この程度ではうつとはいわないと思いますが、人は誰でも、大なり小なりうつ病になる可能性があるのです。

うつ病が生真面目な人間の延長線上にあるものと考えれば、うつとそうではないものとは大差がありません。しかし、うつの場合、日常生活に支障をきたすことが多く、しかも周りの人が善意で励ましてしまうと厄介なことになります。生真面目な人がうつには多いので、励ませばそれに悩み本人はかえって落ち込んでしまい、周囲も混乱することになるので、激励は禁物です。

自分の浅い経験でも、うつ病の人との交流にはとても気をつかいます。繊細な心を持ち、他人を決して傷つけないようにする言動には、親しみが持てます。うつの病態を理解していれば、怖がらずに済むし余計な心配をすることもありません。こういったことがわかってきたのは、自分の周りにうつの人が増えてきて、それなりのつき合いをしていくうちに教えられることも多く、冷静な目で見られるようになったからです。うつに対しては専門的な知識が要求されますが、よく観察していれば、それほど難しいものではないのです。

うつによるしんどさ、不安がやっと水溶性低分子キトサンで改善 - 水溶性低分子キトサン「ヌーススピリッツ」を使ってみての感想

うつの経験を今後に生かす

うつ病を経験すると、いろいろなものの見方が柔軟で幅広くなります。それを今後に生かしてこれからの人生を豊かにしていってほしいと思います。

うつという体験は、本人にとってつらく苦しいものですし、まわりの人たちも心を痛めます。たくさんのうつ病の患者さんを見てきた本音をいえば、できればそういう苦しい思いをしないですめば、どんなにいいだろうという気持ちがあります。

ただ、人の一生は、楽しいことばかりでなく、なにかつらい思いもしなければならないようにできているらしいのです。それならば、つらい経験も、今後に生かしていくことを考えたほうがいいのだろうと思います。実際に、うつの体験を通して学べることがたくさんあります。はばそのひとつは、自分自身について、幅の広い見方ができるようになることです。

強いところも、弱いところも、よくわかるようになります。ふだん私たちは、自分の弱いところから目をそらしていることが多いですし、持ち味や長所にも意外と気がつかずにいます。しかし、どちらについても、バランスよく見ることができるようになります。まわりの人を見る目も違ってきます。

なにもつまずきを知らない人は、どうしても人に対する思いやりが不足しがちです。うつというつらい思いをした体験が、ほかの人に対する気配りややさしさを豊かにします。同じ人間のなかでも、いろんな気持ちや感情が育ったり静まったりしてすなおいるんだということを、素直に見ていくことができます。

ものごとや人間関係に対する見方も、柔軟になります。自分がいま直面している問題を具体化して、解決策を探したり、別の見方を試みたり、相手をきちんと認めたり、少々困ったことがあってもあわてずに取り組んだりということが、自然な形でできるようになります。

手を出さずにじっと見守る、機会がくるのをゆっくり待つという息の長いものの見方が育ちます。相手を信じ、自分を信じて、あせらずに少しずつ前に進んでいくようなスタイルも身につきます。なかでも、人間の弱いところや困ったところもやわらかく受け入れながら、先を急がずに、よいところを見つけて認めていくという姿勢は、生き方や人間関係をとても豊かにしてくれます。

これからのあなたが、うれしいことや楽しいことにたくさん出会い、実り多い日々を送ることを、心から期待しています。

「死にたい」といわれたら

うつ病の人が自分を傷つけることがありますが、こうすれば防げるという「特効薬」はありません。とにかくまず、きちんと向き合って話し合うことです。

家族や身近な人、親しい人から「死にたい」といわれたら、だれでもびっくりして、動揺します。なんとかしなければと思います。そういう場面では、私たち医師も含めて、こうすれば必ず防げるという教科書的いな答えはありません。

ただ一生懸命くい止めるしかないと思います。「私なんか、いるだけでみんなに迷惑だ。いないほうがいいんだ」という相手に対して、あなたなりのいい方で、「そんなことはけっしてない。あなたは私にとってだいじな人だ。あなたがいなくなったら、私はとてもつらく、悲しく感じると思う」というメッセージを、誠実に、一生懸命伝えるしかないだろうと思います。

ふあなたとその人の、これまでの関係や出来事をもう一度振り返ってみることも、役に立つかもしれません。なにか背景になっている問題があるのならば、話し合って、それをなるべく具体的にはっきりさせて、いつしょに解決策を探してみるのもいいでしょう。自分の死を考えるほど思い詰めているときには、視野が狭まって、具体的な問題点が見えなくなっていることも多いので、なにが問題なのかが見えてくるだけで、本人の気持ちが少しらくになることもあります。

ういう心境のときには、まわりを断ち切るような思いと、救いの手を引っ張り込もうとする力が、両方ともすごく強くなっているこふとがあるので、巻き込まれすぎない、踏み込みすぎない、振り回されないという気持ちを持つこともたいせつです。

あなた自身の足場をきちんと確保して、見通しをよくしておくことが、手助けにも役立つはずです。どこから広まったのか、「『死にたい』と口にする人は、なかなか死ぬもんじゃない」とよくいわれますが、そんなことはけっしてありません。「死」や「自殺」ということばが聞かれたら、きちんと話し合うべきですし、医師にも早く相談してほしいと思います。

そういうときに、相手のことばのウラを読んだり、別の考えがあるのさぐではないかと探ったりしても役には立ちません。それよりも、そういうことばを口に出すくらい、本人はとてもつらいのだろうと受け止めて、そういう気持ちにきちんと目を向けていくことのほうがずっとたいせつです。

友人のうつ状態をサポート

友達がうつ状態に悩まされていたら、まずゆっくり話を聞いてあげましょう。それだけで本人にとって大きな助けになることがあります。

親しい人が、うつ病の治療中だったり、うつ状態が感じられるようなときに、友達としてどんな手助けが考えられるでしょうか。

これは、なかなかデリケートで難しい話題です。基本的には、相手がその気になったときに、なるべくゆっくり話を聞いてあげるということだろうと思います。

あたりまえのように感じられるかもしれませんが、だいじなことです。うつ的な気分になっている人のほうからすれば、親しい人に話を聞いてもらうだけでも、あまり話さずにいっしょにいるだけでも、ずいぶん気持ちがらくになるものです。

そのときのちょっとしたコツは、「なにか役に立つようなことをいってあげたい」「なんとかしてあげたい」という気持ちを、あまり強く持たないようにすることです。話をゆっくり聞くだけで、相手にとっては十分役に立っています。さそこちらから誘いをかけても、のってこないこともあるでしょう。

そういうときには、むりをせずに、「気が向いたら、いつでも話を聞くから」いそがと伝えておけばいいと思います。うつ的な気分の人は、忙しそうなのにめいわくわるいな、迷惑だろうなという引っ込んだ気持ちになりがちなので、「私も、忙しいときは忙しいっていうから、いつでも連絡して」というたんかんようなことばを添えておくと、相手の負担感のようなものが少しやわらぐかもしれません。

機会を見つけて、自分の気持ちを少し整理しておくのもいいことです。自分はその友達のためにどれくらいのことができるだろうかと、「できること」と「できないこと」の仕切りをちょっと考えてみるのです。話を開くのでも、月に2~3回ならできても、毎日となると、だれだってなかなかできません。

だからといって、毎日会いに行けないあなたがわるいのではなく、それはしかたのないことです。それを、「毎日会いに行けない私は、冷たい人間だ」などと自分を責める気分になってしまうと、今度はあなたが気分を落ち込ませることになってしまいます。

ある程度「距離を置く」のは、けっしてわるいことではありません。むしろ、少し意識的に精神的な距離をとるくらいのほうが、冷静で見通しのよいサポーターとして、相手の役に立つことができるはずです。

高齢者を孤立させないために

高齢者のうつ病は、積極的な治療が必要です。高齢者を孤立させずに、早くうつに気づけるように実行できるサポートを工夫していってほしいのです。

高齢者がうつ病になると、いろいろな体の病気にかかりやすくなったり、いまかかっている病気が悪化しやすくなったり、治りにくくなったりします。

自殺のおそれも高まります。中高年の自殺死亡率が増加

歳のせいだと見すごされたり、痴呆と混同されたりしやすいのですが、高齢者のうつ病は、早く見つけて積極的に治療することがたいせつです。

いろいろな意味からよくいわれることですが、うつ病に早く気づくたこりつめにも、高齢者を孤立させないことがたいせつです。身近にひとり暮らしのおじいさんやおばあさんがいたら、できるだけ連絡や接触の機会をつくるようにしてほしいと思います。近くであれば、訪ねていって話す回数をもっと増やせないか、もう一度考えてみてください。

遠くでも、携帯電話や手紙など、方法はいろいろあるはずです。携帯電話やパソコンを使うようにしてもらいメールアドレスを交換するなどというのもよいでしょう。

知っておいてほしいのは、下の世代と同居している高齢者の「孤立」は、意外に気づかれにくいということです。日本ではひとり暮らしの高齢者よりも、家族と同居している高齢者のほうが自殺率が高いという報告もあるほどです。

自分はもう仕事も家のこともしないで、ただ下の世代にめんどうをみてもらっているだけだという罪悪感のようなものを感じていることがあるので、家族は、高齢者のそういう気持ちを見落とさないようにしてください。

妻をなくしたおじいさんが、息子夫婦も毎日忙しそうだし、孫たちも学校に行くようになってあまり相手をしてくれず、ひとりで昼間からこたつでお酒を少しずつなめながら、「死にたい、死にたい」とつぶやいている。

たとえばそんなようすを見かけたら、年寄りのぐちと聞きすごさないで、もっと話を聞いてみるようにしてほしいと思います。

最近は、多くの自治体や市民グループなどで、趣味や健康づくりのサークルなど、高齢者の「生きがいづくり」に地域ぐるみで取り組むような試みも増えています。そういう活動への参加をすすめてみるのも、積こころふ極的に考えてみたほうがいいことのひとつだと思います。

高齢者の引っ越しはよく考えてから

現在ひとりで暮らしている高齢の父、あるいは母を、息子や娘が心配して、自分たちと同居させようとする話はよくあります。そういうときには、本人の気持ちや考え、いまの暮らしぶりなどを、ていねいに見つめ直してみてください。

高齢者の引っ越しは、しばしばうつのきっかけになります。まわりから見れば新しい環境のほうがずっと便利で健康的なのに、本人は「夏暑くて冬は寒いボロ家だったけど、やつぱりあそこがなつかしい」という具合になりがちです。

いまの住まいや地域には、その人のこれまでの生活と人生が詰まっているはずです。知り合いもそれなりにいて、買い物や食事も自分でなんとかできていて、本人も住み続けたいと思っているのならば、それでも同居を急ぐ必要があるのか、もう一度本人とよく話し合ってみてください。

思春期のうつにどう対応するか

子供のうつ病は、成人と違った症状で現れることがあります。本人のつらい気持ちに目を向けることから何かが見えてくるかもしれません。

思春期と呼ばれる10代くらいの子どもがうつ病になると、強いイライラ感や反抗的な行動などとなって現れることがあります。

また、引きこもりの背景にうつがある場合もあります。いずれにせよ、表面的な行動だけでなく、どんなつらい気持ちが背後にあってそのような行動にでるのかという点に目を向けていくことがたいせつです。

なにか精神面の不調があるのかもしれないとまわりの人が感じたときには、いろいろな機会やきっかけをとらえて、話を聞いてみてほしいと思います。そのときに知っておいてほしいのは、この年代ではまだ、自分の心のなかで起こっていることを、体験したり、感じたり、表現したりすることが、必ずしもうまくできないことがあるということです。

うつ病ではないか、神経症っぼいのではないかなどという先入かん観を持たずに、本人の話を注意深く聞きながら、その子が育ってふきたプロセスを振り返ってみたりもしながら、いまその子の心でなにが起こっているのか、思いをめぐらせてみてください。

この年代は、親や周囲のおとなに反抗しながら、自立していこうという気持ちが強まる時期でもあります。あまり話したがらなかったり、拒否的な態度をとる子どももいるでしょう。声をかけたり、いまの気持ちを話すようにすすめてもあまりのってこないときには、むりに深追いはしないほうがいいと思います。

心配なので医療機関を受診させたいというときも、やはりむりや押しっけはよくありません。話を聞いたり、日ごろのようすを見守りながら、たとえば眠れないとか、体の不調がなかなかとれないなどの、具体的な気がかりをきっかけに「ちょっと医者に相談に行ってみないか? 」と話してみるようにしてください。

本人に拒否されても、先を急がないでください。自分を傷つけこういるような行為をとらないように、そ」だけは十分に気をつけてようすを見ていけば、本人の気分が変わったり、別の機会やきっかけが見つかることもあるかもしれません。まわりはあまりあせらずに、本人の力を信じて、見守っていってほしいと思います。