レガシーエフェクトの恐怖

最近、糖尿病との闘い方を考えるにあたって、医療者側に最も大きなインパクトを与えた研究は、20年にわたって行われた「UKPDS」です。UKPDSは、新たに発症した2型糖尿病患者5102例を対象に、血糖コントロール、血圧コントロールの血管障害への影響を追跡検討した研究です。

1977 年に始まり、20年後の1997年に終了しましたが、それに加えて10年間の追跡研究(UKPDS80)が行われました。

研究の概要を説明すると、こうなります。患者を従来療法群(食事療法や運動療法) と強化療法群(薬物療法)に無作為に分けて糖尿病を治療し、その経過を約10年観察します。結果的に、従来療法群のヘモグロビンA1Cは強化療法群のヘモグロビンA1Cは7.0%程度で推移し、医療者側は、当然強化療法群の予後が良好になるものと考えていました。

ところが、全死亡率、心筋梗塞の発症率では、強化療法群は従来療法に比べて統計学的に意味のある差をつけることができませんでした。そして脳卒中に至っては、強化療法群のほうがやや発症率が高いという傾向が出たのです。大ショックでした。

強化療法が従来療法より明らかにすぐれていたのは、網膜症など小さな血管の病気に関してのみで、生命に直接かかわる心筋梗塞や脳卒中に関しては、血糖のコントロールはさほど影響していないかもしれない、という結果だったのです。

これをどう解釈したらいいのでしょう。血糖値なんかどうでもいいのか?この結果を後押しするような研究が、次々と発表されました。ACCORD試験、ADVANC E試験、VAT 試験などです。いずれも、厳格な血糖コントロールは大血管障害の予後を改善しないという、医療者側にとっては理解しがたい結果でした。ACCOD試験に至っては、厳格な血糖コントロールが死亡率を増加させたという結果まで示されたのです。

血糖のコントロールに意味がないのか?この疑問に1つの光を与えてくれたのは、その後の追跡調査、「UKPDS80」でした。1997年にUKPDSに参加した人たちの強化療法、従来療法という区分けをなくすと、2年もしないうちに、両方のヘモグロビンA1Cの差はなくなりました。そして10年後の調査では、かつての強化療法群は網膜症などの微小血管障害だけでなく、全死亡、心筋梗塞において統計学的に意味のある差をつけて、かつての従来療法群より、より良好な予後となつていました。

かつて強化療法群で増加傾向であった脳卒中でさえ、10年後にはかつての従来療法群より減少する傾向を示したのです。この一連の研究は、大事なことを示唆しています。糖尿病は10年ぐらいの短い期間で考えたとき、血糖のコントロールはさほど意味がないかに見えても、20〜30年という長い期間で考えたときには、なるべく早い時期にキチンと血糖をコントロールすることが非常に重要だということがわかったのです。

もう、おわかりでしょう。いま、いくら血糖をコントロールできていても、初期のうちからまじめに治療を受けていなければ、一生糖尿痛に苦しめられるのです。いま私は、このレガシー・エフェクトの恐ろしさを、身をもって体験しています。この研究のことを繰り返し説明する理由はここにあります。血糖値が高めの人は可及的速やかに生活を見直し、ただ気をつけるだけでなく、実際に血糖値を下げる必要があるのです。

なぜレガシー・エフェクトが起きるのか。詳しいことはまだわかっていませんが、おそらくは前に説明しましたAGEという糖の燃えカスのようなものが関係していると思われます。これは細胞傷害性を持っており、一度体に沈着すると、長期にわたって細胞を傷害し続けます。だからこそ早期のうちから治療して、AGEをためないことが重要なのです。

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