問題を抱えた弟をもたのは

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

運動へのきっかけは、「日本を元気にする運動」創始者の1人である私の23年前の体験から始まります。

3人いる弟の1人が3浪し、その上原因も治療法も分からない膵臓病でした。本人、家族、そして姉の私の悲しみ、落胆、不安、絶望感は今でも忘れられません。「これから、弟の人生はどうなってしまうのだろうか。

この若者の人生は、何もしないままこれで終わってしまうのだろうか」。あの時の困惑、悲壮感、そして運命か神があったとしたら、それへの不信、そして自分達の無力さ本来は素晴らしいはずの人生を、似たような思いがけない悲惨な理由で、他の多くの人々をもこのような悲しさ、苦しさ、絶望感、そしてあきらめで台無しにして生きてほしくないとい粥う思いが、後々私をこの運動へ駆り立てたのでした。

当時、非常に単細胞で好奇心の旺盛な私は、アメリカで何かしてやろうと計画を立てていました。そして、この弟もどうせどうしたらよいか分からなかったので、ついでに連れて行くことにし、私達2人はスーツケース1個ずつで、右も左も知らないアメリカにやって来ました。お金もコネもなく、あったのは病気と無知の力と何かの可能性へのかすかな希望だけでした。

まったくのゼロからスタートだったのです。しかし、弟はアメリカに来た途端に、病気になっている余裕などないとばかりに、すっかり元気になってしまいました。

私達はさまざまな困難を乗り越えました。また、多くの素晴らしい人々に助けられました。私はビジネスで成功し、弟は英語学校から始め、最終的には、雅子妃も勉学された、アメリカで一番古い名門のハーバード大学の大学院を卒業し、今、建築家として活躍しています。私が精神的にも経済的にも100% 援助し、卒業させました。若い姉弟が、まったくの絶望からこのように可能性を追求した例はあまりないと思います。

その後、この弟が某商社のオフィスの設計で建築家として名誉な賞を受賞し、その建築物を見に行った時のことです。私は、そこでガーンと頭を叩かれたようなショックを受けました。弟のデザインは、エレベーターが開くだけで別世界のようでした。

私の友達が「すごい、すごい」 と言っていたのが分かりました。エネルギーが良くて、そこで働いている人達が非常に働きやすいと喜んでいました。マネージャーは、「このデザインがあまりに素晴らしく、あまりに多くの人達が見学に来るので、僕はオフィスのツアーガイドになってしまいました」と、誇らしげに話していました。

突然私の心の中には、昔のあの3浪で、膵臓病の弟のこと、家族と私の絶望感、悲しみが建ってきました。そして、私がこの1人の才能ある人問の未知の才能を無駄にせず、反対に伸ばしてあげられたことに、姉としてよりはむしろ、1人の人間として、責任を果たしえた大きな喜びを感じました。

日本ではどれだけ多くの若者が、弟のように、浪人したとか、個性があり過ぎるとか、登校拒否したとか、心身の健康をそこねた、などの理由で、社会のレールから外れて悩んでいることでしょう。そして良い解決方法が見つからず、隅に追いやられていることでしょうか?

素晴らしい能力を秘めた若者達が、本来持っている素晴らしい才能を出し切れず、そのまま遠慮しながら生きていくのかと思うだけで、胸が痛みました。1人の人間の持ち味、才能を引き出せないのは、その個人にとってだけでなく社会全体にと如つて、どれだけ損失になることか。今までの社会体制の中で、私の弟のように何千万人という優秀な人達が、前記のような不当な理由で、能力を出し切れずに、小さくなって遠慮しながら生きているかと思うと、呼吸ができなくなるくらい苦しさでいっぱいになりました。

そして、悟ったのです。それぞれユニークな能力や才能を与えられて生まれてきた人間がたくさんいるのに、そのような人達が、現代ではさまざまな理由で、心身共におかしくなって、元気も覇気もなく生き生きと生活できない状況にある。私達は、人間と社会の責任として、素晴らしい能力をたくさん秘めた人達が、自分と社会のために、伸び伸びと能力を出し切って、最高の自分を生きられるよう、何かをしなくてはならないと。

食べて健康