文明は進歩しているのに病気は増えていくという矛盾について

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自然に逆らってきた20世紀の文明

文明史の資料の中には、正直な感想が出てきてそれが読む側に考え込ませたり、時には吹き出させたりします。だからそういう意味では並みの小説などよりはるかに面白い読物でもあるとも言えます。

「食事のことはアフリカの黒人に学ばねばならない」といったケネディ議員の感想などもその1つですが、こんな感想も記載されています。

「われわれは本当に馬鹿だった。自然に逆らうことばかりしてきたのだ」現代の病気のはとんどが20世紀的な自然に逆らう行為の結果として起こっていることが立証されたということです。

そして病気先進国もそのようにしてつくられてきたことが明らかにされた。だからいまの感想は、そういう事実を踏まえての感想です。現代風食生活のはとんどの欠陥は、確かに自然に逆らうことでわれわれ自身が生み出してきたものです。

重要なことはわれわれがそれを「是」とし、それこそが「進歩」だと考えてきたことです。こういうことから考えると、われわれは現代を健康な社会につくり変えるためには根本的には考え自体を変えねばならないことになります。

文明の進歩とともに人類は休も心も退化させてきたことを詳細に跡づけたということです。この中で「近代人が未開人の持っていた知恵を捨ててきたことが最大の問題なのです。

「知恵」によって過去の知恵を捨て、それを近代化であり進歩だとしてきたのです。しかしそれがどうやら新しい知恵ではなくて猿知恵だったことがいよいよはっきりしてきたのだと思います。

科学技術を神にした狂った社会

アメリカの有機農法の教祖的人物ロデールは『狂った社会で賢く生きる方法』という皮肉なタイトルの本を執筆しています。彼は現代社会を「狂った社会」と規定し、現代社会がそうなった理由を一言で片づけています。

「20世紀は科学技術という神に世界の全てを売り渡したことによって狂ってしまった′」つまり科学技術教ともいうべき宗教をわれわれはつくり、それで狂ってしまったというのです。

科学技術を神ではなくわれわれの従僕として置くなら、科学技術に理性的に対応できます。役に立つ時にはそれを使っても、役に立たない時やそれが逆効果になる時には使わないという対応ができます。しかし、何しろ科学技術を神にしてしまったので、何でもかんでも科学技術ということになってしまったのです。

本来は従僕たるべきものを神に祭り上げてわれわれ自身がその奴隷になってしまったのです。科学技術で飛行機を発明するのは便利だからいいとしよう。しかし科学技術を応用すれば(少なくとも従来のやり方で)もっとも有害な結果を招くことが多い食品や農業の分野にもわれわれは盲目的にそれを応用してきたのです。

何しろ科学技術は神だからであったのです。飛行機の発明で足が地に着かなくなったらしく、子どもの砂遊びには便利な目の細かいふるいを製粉にも応用して病気のニューフェース、盲腸炎も生み出してしまったのです。

盲腸炎を自らつくり出したわれわれが今ではもっと手の込んだ科学技術によって、もっともっと沢山の病気を自分でつくり出してきたのです。われわれはここでもう一度原点にもどり、科学技術に対する人間の主権を取り戻し、科学技術をその本来の地位、従僕の地位に格下げしなくてはならないはずです。

分析と部分に振り回される科学的思考方法

部分には明るくなる、しかし全体のことには暗くなるのが科学的分析的な思考法の弱点です。しかし科学も科学技術も神にした20世紀は、科学的分析的思考のそういう弱点に気づかず、科学的分析的思考とは、全てに明るくなることだと錯覚してしまったのです。

ワラビには発ガン物質があるとは以前からいわれてきました。しかし日本ガン学会では、ワラビなどアクの強いものの中には、アク抜きすれば発ガン抑制効果の高い別の物質もかなり多いという研究を東大の研究者が発表して注目されました。

科学的、部分的に見て発ガン物質があるというのも発ガン抑制物質があるというのも事実なのでしょう。問題はこれらの研究に対してどう対処すべきかということです。

しかし、発ガン物質があるというのでワラビを全く食べないのも、抑制物質があるというのでワラビばかり食べるのも、どっちもおかしな態度です。常識はもう少し違った態度をとれと教えているからです。しかし、科学的思考を神にしたわれわれは「部分」に振り回されて、いま述べたようなどっちかに傾いた行動ばかりしてきたのが本当です。

一時代前の栄養学は、動物性蛋白質やカロリーのことばかり重要視していました。長寿村の健康な長寿者たちは動物性蛋白質やカロリーをそういう栄養学が必要と説くほどとっていませんし、そしてそれがむしろ彼らの健康と長寿の鍵になっているということを、逆に動物性蛋白質やカロリーの多い短命村との徹底的な比較から説きました。

さらに、長寿村の特徴は、その代わり人参を代表とする緑黄色野菜その他の野菜や海草が種類も量も多くとられ、維穀や大豆、それに丸ごと食べられる小魚などが重視されているこ拭とだと指摘しました。これはその当時の「現代栄養学」に対する根本的批判として有名で、そういう栄養学をカロリー栄養学、動物性蛋白質栄養学といって批判していました。

しかし批判した栄養学が病気の多い先進国をつくる有力な原因になったのは間違いありません。アフリカ的食生活なら先進国に多い30余種もの病気と無縁でいられることを豊富なデータによって証言した時、「われわれはいい食生活をしていると思っていた。われわれは馬鹿だった。食事のことはアフリカの黒人に学ばねばならない」先進国の食生活がいい食生活だと信じていたのは、動物性蛋白質もカロリーも多いのがいいという栄養学を信じていたからです。

体にいいはずの食べ物でも疲れの原因になっていることもある | 酵素の健康メモ

でも紹介されていますが、たんぱく質の過剰摂取は疲れの原因になると断言されています。

そしてそれは世間全体がそうだったからこそそういう食生活への道を先進国は歩んできたということに他ならないのです。また、繊維の大切さを最初に説いた繊維学説のパイオニアだということは前述したとおりです。

しかし、その繊維もカロリー栄養学の中では全く無駄で邪魔ものとさえされてきました。繊維なんか消化は悪いし(本当はこの消化の「悪さ」が最大のメリットだったのに)、カロリーにならないカスだということにカロリーの立場からだけすればなるからであったのです。動物性蛋白質が過剰に重要視されるようになったきっかけは、動物性蛋白質のほうが蛋白質を構成するアミノ酸の組合せがすぐれているという発見からでした。

しかしこれも「部分的な」発見であり、このことから動物たんぱく質になるのは、発ガン抑制物質があるという1つの側面からワラビばかり食べるのと大差はないのです。われわれは過去の栄養学の分析的、部分的思考を神にして病気先進国をつくったといえるのです。

時代はこんなに便利になったのに病気が増えてしまうのは

自然の循環を忘れさせた部分的な思考

農業の場合には、部分的思考が自然の循環を忘れさせるという現象が典型的に起こりました。そしてそれが欠陥農作物を生むことになってしまいました。

堆肥によって土壌から吸い取ったものを土壌に返すことをしない化学式農業が、有用な栄養分に欠けた土壌を生むもとになってしまいました。

窒素、カリ、リンの3つを与えれば作物は育つという「大発見」のことは、うん十年前に中学校で習いました。

そこでこの3つ(つまり部分的な成分)さえ与えれば、それ以外のものは堆肥などで土壌中に返さないでもいいというやり方を現代農業はしてきたのです。しかし、これも部分的な発見だったことは明白で、その結果として土壌は今ややせ切っています。

これはやはり動物性蛋白質やカロリーのことだけを重視した栄養学と同じでした。和田アキ子病の根本原因は、私にはこういう農業にあるとしか思えません。和田アキ子病とは、現代ののっぽの若者に多い自然気胸という現代病のことです。

肺の専門家医によれば、昔はなかった肺に穴のあくこの病気が今や頻発していて彼女もなったと聞きます。

こういう若者の肋骨は「割箸みたいに細い」ので胸廓ががっちり支えられず、そのために肺に穴があいたりするらしいのです。

背丈だけは高くても大事な栄養が欠けていたり、アンバランスだったりするために起きる病気といえます。

そしてそれは見かけだけ立派でも、重要な栄養成分には欠けている現代の農作物と同じです。土壌イコール作物、そして作物イコール人体なので、和田アキ子病も窒素、カリ、リンは過剰でもそれ以外の大切な土壌成分に欠けた土壌が原因ということになる。そしてこういう患者の休もこんな土壌と同じ体になっているはずです。

割箸みたいな肋骨の原因はカルシウムだけの不足ではないとしても、現代の作物では、カルシウムやカルシウムを体内で活かす他の栄養成分も不足しています。

おおきく育つとガンになってしまう

部分的、分析的な思考に傾き過ぎた科学を神にした現代では、現代に特有の感覚や好みや価値観などもつくり出し、これらが互いに結びついたり、ごちゃごちゃ.になったりした不思議で「狂った社会」をつくり出しています。

黒っぼい本物のふすま味噌はイヤだという消費者の好みもそんな現代的噂好の1つです。そのため醸造会社は大豆の煮汁を産業廃棄物として栄養成分とともに捨てます。しかも、この「廃棄物」 の処理のために設備や消費電力に大金をかけ、それが製品価格に転嫁されます。

そういう設備や電力のためのお金はその分だけ経済成長として計算され、その経済成長を世間は背後事情も知らずに喜んでいます。本当は高くて栄養不足の味噌を買っているだけなのにです。

まさに「狂った社会」ですが、それもこれももとはといえば、現代的な思考や好みが生み出したものです。

そんな現代的な価値観の1つは大きいことはいいことだというものですが、読者はつぎのような例をどう考えるでしょうか?

スウェーデンのある大学の研究チームはWHO やFAO のデータをもとに各国の状況を詳しく分析し、その結果背が高いほど乳ガンになりやすいと指摘しています。

この調査はまことに単純明快で、調査対象国の中で一番背の低いフィリピン女性はもっとも乳ガンにならず、乳ガンの一番多いオランダやデンマークの女性は背がもっとも高かったといいます。もっともこの調査では各国での食品摂取状況も当然詳しく調べ、動物性蛋白質や脂肪、砂糖が多くなれば乳ガンになりやすいという結論を出していてとくに目新しいものでもありません。

ただ、動物性蛋白質の多さやカロリーの高い脂肪の多さという過カロリーは、ともに背を伸ばし体格を大きくする要素なので、背が高ければ乳ガンになりやすいのは当然ともいえます。乳ガンの少なかった頃の日本女性も今より背が低かったのはご存知のとおりです。

早死にが予想される大きく育った現代っ子たち

「無肥料栽培で育てると野菜はじっくり育ち、味はよく、小ぶりだが老化も遅い」「沖縄のかつての長寿村でも、通りにはジュースの自動販売機が日本中の他の都市と同じょうに目立ち、青年たちの背が高くなっているのに驚いた」は、雑草の根も抜かず土中の栄養だけの無肥料での野菜栽培を長くやっている人です。

リーフ氏は自分で変わり者の医学者だというハーバード大学医学部の教授で、世界の長寿村を調べ歩いて長寿と健康の秘密を探っている研究者です。

教授は昭和50年代に書いたいまの本の中で、体格の大きくなった日本の青少年たちの将来を心配していました。

日本の長寿村でも世界の長寿村でも長寿者たちはみな「じつくり育った小ぶりな」人ばかりということを本質だとわかっているからです。結論をいうと、教授の心配するように「肥料」の与えすぎ、しかもバランスの崩れた「肥料」で促成栽培された現代っ子たちは、多分老化もはやくて長生きもしないはず。

オランダ女性のように乳ガンにもなりやすいだろうし、その他のガンにも、また他の病気にもなりやすいでしょう。彼らが成人でもないのに成人病にさえなる者が多いのも、野菜と反対に老化がはやいためでしょう。

長寿者たちもみな小ぶりで「じっくり育った」人々でした。

また女性の場合は現代っ子に比べて初潮が8年から10年も遅かったのです。ある博士が「動物だってはやく一人前になる動物は寿命が短い。これは動物界の鉄則だ。と記していたのは的を得ている話だということです。

納豆給食実験が示すもの

健康を問題にする場合のもっとも信頼できる物指しが長寿だとすれば、大きく育ち過ぎた促成栽培の現代っ子たちはあまりいいことといえないのです。しかし、病気になって医者にかかっても経済成長に貢献してしまうとも知らずに経済成長は全てプラスと考えてきたわれわれは、子どもたちを大きくはやく育てるのにも熱心だったのです。

食事を工夫してもっと健康になる