糖尿病の患者さんは、酒飲みが多く。男性の患者さんは、ほとんどといっていいくらい、お酒を毎日飲む人ばかりです。
お酒は、糖尿病に対して何をしているのだろうか。とても興味深いところです。そこで、手当たりしだいに、出会った専門医に聞いてみました。「糖尿病にとって、お酒ってどうですか?」その答え。「タバコに比べるとまだよいところもある」「少量のお酒はかまわない」「少量のお酒は、脳梗塞と冠動脈疾患を減らす」などなど、擁護派の意見が多数を占めます。
しかしなかには、「お酒をやめるだけで、ヘモグロビンA1Cは1~2 % 下がる」「糖尿病の発症のいちばん大きな因子は、毎日のお酒だ」「お酒を飲んでダイエットはあり得ない」といった、厳しい意見もあります。
意見を求めた先生が研究会後の懇親会で何を飲んでいるかジーツと観察します。するとやっぱり、擁護派の先生はお酒が好きで、厳しい先生はウ一口ン茶を飲んでいるところをしばしば目にします。
医者も人間、自分が飲んでいて人にだけ飲むなとは言いにくいですものね。私はどうかというと、長いつきあいの患者さんには、たまに言ってみます。「一度試しに1ヶ月だけお酒を抜いて、ヘモグロビンA1Cを測定してしみましょうよ」残念ながらみずからの意志でこれを実行した人を、私は1人しか知りません。
その1人の彼女は、糖尿病ではありませんが、健診のたびにHbAI Cが特定健診の基準値である5.2 % 前後をウロウロしていました。
女性は、管理栄養士で、自分が指導する立場であるにもかかわらず、ヘモグロビンA1Cのせいで健診のチェックが入ることが気に入らないらしく、ストレスを溜めています。
「こーんなに野菜食べているのに、なんでヘモグロビンA1Cが5.3 % なの? 」こんなときに本当のことを言うととんでもないことになるので、男性は黙っていましょう!
ある日、彼女は自分が毎日飲んでいるダイエットビールがよくないのでは、と気づきました。そして健診までの1 ケ月間、それまで毎日2 本飲んでいたダイエットビールをピタリとやめたのです。
いよいよ健診の日。結果が出ました。5,3 % だったヘモグロビンA1Cは約1ヶ月で見事に4.7 % まで下がりました。
これをきっかけに彼女はビールを毎日飲むのをやめました。私はというと、年に1日か2 日しか飲みません。私自身もともとは、毎日500 cccのビールと、3 〜4杯の焼酎を飲んでいました。ダイエットを決心して、実行する中で、たった1 回酒を飲むと1~1.3 kgくらい体重が増えて、しかも1週間くらい戻らなくなることを何回も経験してからは、飲まなくなりました。
お酒を飲まなかったらどのくらい糖尿病がよくなるか。私はこの疑問を長く持ち続けていましたが、偶然、願ってもないチャンスが2回続けて訪れました。
2人の糖尿病の患者さん(男性)が、腰の手術で入院することになったのです。さすがに入院中は、お酒は飲めません。ある程度食べすぎも抑えられるでしょう。約4週間の入院の前と後で体重とヘモグロビンA1Cを比較すると、Aさんは体重が 86kg→81 kgになり、ヘモグロビンA1Cは7.8 %→ 5.5 % に下がりました。
B さんは、82 kg→81 kgになり、ヘモグロビンA1Cは7.5 % → 6.l1 % になりました。
Aさんは体重も約5 kg落ちているので、お酒の問題だけではなく、おそらくインスリン感受性も少し改善されたと思いますが、Bさんはあまり体重は変わらず、ヘモグロビンA1Cだけが下がりました。
お2人とも、退院後はめでたく毎日お酒を飲めるようになりました。その後Aさんは体重を増やさず維持しているためか、ヘモグロビンA1Cは6.0 %前後、B さんは再び7.5 % 前後と現役バリバリの糖尿病患者に復帰しました。
わかっちゃいるけど、やめられない。やっぱり「お酒ってすごいなー」と感心します。私は、お酒が絶対に悪いとは思っていません。人生のいろいろな節目や生活の味付けに、お酒は重要な役割を担っていると思います。
疫学調査の報告も、1号までのお酒は脳卒中のなかでも脳梗塞を減らし、心筋梗塞や狭心症も減らすと伝えています。だからといってすべての人が、毎日お酒を飲んでもよいとは思えません。
お酒を飲んでも、その悪いところをカバーする能力がまだ残っている人は、少しずつ楽むとよいと思います。しかし飲んだら病状が絶対に悪くなる人もいます。来るところまで来てしまった人が、状態がよくてお酒を飲んでいる人を見て、「あいつが飲んでいるからオレも大丈夫」と考えるのは、感心しません。
考えていただきたいのは、「自分は人とは違う、自分は自分。いまの自分がどこにいるのか? 」ということです。まだ残された能力に余裕があって、その能力を小出しにしながら生活のいろいろを楽しみずさかずきめるのか。それとも、もうすでに絶壁の淵に沈んでいて、毎日水杯を口にしている状態なのか。誰もが目をそむけたくなる現実かもしれませんが、それで寝たきりにでもなられた日にはご家族は大変です。
ご自分がどこにいる状態であるにせよ、残された能力という財産をきちんと評価して、できる限り楽しい人生を送っていただきたいものだと、心から願っています。